東京地方裁判所 昭和37年(レ)635号 判決 1963年6月19日
判 決
東京都三鷹市野崎八八番地
控訴人
山田ホノ
右訴訟代理人弁護士
国原賢徳
東京都千代田区大手町一丁目六番地六
被控訴人
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
檜垣文市
右訴訟代理人弁護士
河村貢
同
河村卓哉
右当事者間の昭和三七年(レ)第六三五号損害賠償請求控訴事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し金七〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三五年八月一三日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者雙方の事実上の主張は、控訴代理人において「控訴人と訴外大木喜四郎との間に武蔵野簡易裁判所昭和三三年(ハ)第一三〇号損害賠償請求事件の確定判決が存在し、控訴人の同訴外人に対する自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定による損害賠償請求権が消滅していることは認めるが右事実により自賠法第一六条第一項の規定に基づく控訴人の本訴請求権も亦消滅したと解することは、不当である。けだし、右確定判決は、控訴人と同訴外人との間に既判力を有するにすぎず、また右確定判決は、控訴人と訴外大木靖義との間に和解が成立していることを確定し、これによつて控訴人の訴外大木喜四郎に対する自賠法第三条の規定による損害賠償請求権も亦消滅した旨判示しているだけであつて、従つて、控訴人の被控訴人に対する本訴請求権がこれにより何らの影響も受けないことは、明らかである。自賠法第一六条第二項の規定から明らかなように、保険会社は、被保険者が被害者に対しなした損害をてん補した場合にかぎり、同条第一項の支払の義務を免れるのであるから、被保険者たる訴外大木喜四郎が控訴人に対し賠償し、被控訴人が同訴外人に対しててん補した治療費金二一、二七〇円を控除した残余の本訴損害賠償額については、被控訴人においていぜん支払うべき義務があることは、いうまでもない。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人は、一方において訴外大木喜四郎に対する自賠法第三条の規定による損害賠償請求権が消滅していることを認めながら、他方において控訴人の被控訴人に対する自賠法第一六条第一項の規定による損害賠償請求権は、これにより何らの影響も受けないと主張しているが、かかる見解は、右の二個の請求権が密接な共同関係に立つことを看過するものであり、不当といわなければならない。すなわち、自賠法による自動車損害賠償責任保険は、被保険者が同法第三条の損害賠償責任を負うことによつて損害(賠償義務という債務の増加又は現実に履行したときは、これによる資産の減少)を受けたときに保険会社が被保険者に対しこの損害を填補することを目的とした損害保険の中の所謂賠償責任保険であるから、保険会社の立場は、被保険者に損害が生じたときは、損害をてん補することを約し、その対価として保険契約者より保険料を受けること以外にはない。それ故、被保険者に自賠法第三条の賠償責任が生じたときは、まず被保険者が被害者に損害を賠償し、然る後これによつて生じた被保険者の損害を保険会社がてん補することになるのであるが(自賠法第一一条)、かかる二重の手間を省き、かつ被害者の急速なる救済と被害者への賠償額の支払の確実を期するために便宜保険会社が将来被保険者に支払う筈の金額を直接被害者に請求させることとしたのが、自賠法第一六条第一項の法意であつて、あくまでそれは保険金支払の一方法にすぎない。このことは、同項が「第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは」といつていることから明らかである。つまり、自賠法第一六条第一項の規定に基づく被害者の損害賠償請求権は、被保険者、被害者間の法律関係と無関係に独立の権利として認められているのではなく、被保険者に損害賠償責任が発生したときに認められる権利であり、被害者の右損害賠償請求権は、被保険者の損害賠償責任の発生をその権利発生の要件としているのである。同条第二項の規定は、これを裏面から明瞭に物語つているのであつて、本来の保険金支払義務が履行されたときは、被害者はもはや同条第一項の規定により請求ができないとされているのは、同項の規定による請求が保険金支払の便宜上の一方法であり、別個独立の権利ではなく、加害者たる被保険者に対する本来の保険金支払により当然消滅するが故である。また、同条第三項において保険会社が被害者に直接支払つたときは、保険契約に基づき被保険者に対して損害をてん補したものとみなしているのは、右支払があくまでも本質上保険契約に基づく保険金の支払の一方法で、同法第一六条による保険会社の支払が保険責任とは別個独立の性質を有する特殊の義務ではないからである。もし仮に控訴人の主張するように、同条の規定による請求権が保険責任とは別個独立の権利であるならば、同条第一項の規定による支払については、同法第四十条の規定による政府の再保険の道が閉されることとなり、不合理な結果を招来する。」と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
証拠<省略>
理由
一、訴外大木靖義が、昭和三三年八月三一日午後六時頃同訴外人の父である訴外大木喜四郎のため右喜四郎所有の自動三輪車(六―一五二、〇一七号)を運転中、三鷹市野崎一七番地先道路上において足踏二輪車に乗つていた控訴人と接触し、控訴人に対し左膝関節裂傷、左顔面打撲傷等の傷害を与えたこと、この事故当時訴外大木喜四郎が、被控訴人との間で右自動三輪車につき自賠法で定める自動車損害賠償責任保険契約を締結していたことは、いずれも当事者間に争いがない。
右事実によれば、訴外大木喜四郎は、特段の免責事由がないかぎり、控訴人に対し自賠法第三条の規定による損害賠償責任を負担しているものと認められるから、被控訴人は、控訴人に対し自賠法第一六条第一項の規定による損害賠償額の支払をなすべき義務を免れることはできない。
二、そこで被控訴人の抗弁について判断する。まず被控訴人と訴外大木喜四郎との間において同訴外人に自賠法第三条の規定による損害賠償責任が存在しない旨の確定判決(武蔵野簡易裁判所昭和三三年(ハ)第一三〇号損害賠償請求事件)が存する以上、右確定判決の反射効により同訴外人に右損害賠償責任の発生していることを認めるが如き認定はなしえないのであるから、右損害賠償責任の存在を前提とする本訴請求は失当であり、またもし仮に右確定判決の反射効が認められないとしても、自賠法第一六条第一項の規定による損害賠償額の支払請求権は保有者である訴外大木喜四郎に損害賠償責任が発生していることをその権利の発生要件としているのであるから、右確定判決の存在によつて同訴外人に右損害賠償責任あることが否定されている以上、控訴人の本訴請求は理由がないと主張し、控訴人はこれを抗争するので審究するに、控訴人と訴外大木喜四郎との間に被控訴人主張のごとき確定判決が存在することは当事者間に争いがないが、右確定判決は、控訴人と訴外大木喜四郎との間で自賠法三条の規定による損害賠償責任がないことを確定したにとどまり、控訴人と被控訴人との間の本訴請求にまでその効力を及ぼすものでないことは、民訴二〇一条の規定の趣旨に徴し明かである。したがつて、もし被控訴人のいう反射効が本訴の基本たる被控訴人の控訴人に対する損害賠償責任について拘束力をもつというのであれば、それはあたかも右確定判決の既判力が第三者である被控訴人に及ぶと同一の結果を認めることになり、明かに不当である。しかし、右確定判決の趣旨からすれば、自動車責任保険の契約者たる大木喜四郎は、被控訴人に対し本件交通事故による損害について自動車運行供用者としての賠償責任を負うものでないから、被控訴人もまた控訴人に対して保険金を支払う義務がないものと解するを相当とする。けだし、自動車責任保険にあつては、自動車の運行供用者である保険契約者の損害賠償責任が現に存在しないのに保険者の被害者に対する責任を認める必要がないからである。元来自賠法一六条一項の規定が被害者の直接の請求権を認めた所以のものは、保険契約の当事者でない被害者への賠償額の支払の確実を期するにある。この規定がなければ、被害者は、いわゆる債権者代位によつて権利の満足をうるの外ないわけであるけれども、もし自動車の運行供用者たる保険契約者が支払能力をうしなつたような場合には、債権者平等の原則によつて保険会社から支払われた保険金を他の債権者と平等に分配しなければならないことになり、保険制度が期待した被害者の救済は達せられないことになる。被害者から保険会社に対する直接の保険金請求の認容は、よくこの不都合を救いうるのである。したがつて、被害者がもはや自動車の運行供用者に対して損害賠償責任を問うべき権利を有しない場合には、保険者に対しても直接の請求権を認める必要がない。この点についての被控訴人の主張は理由があることとなる。
三、よつてその余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却すべきものとし、控訴費用につき民事訴訟法第八九条および第九五条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判長裁判官 小 川 善 吉
裁判官 高 瀬 秀 雄
裁判官 吉 野 衛